人気ブログランキング |

カテゴリ:卓話( 223 )

2019年7月26日 卓話担当:伊坂 泰治会員

「戦国武将・三好長慶をNHK大河ドラマに!!」
徳島県人会近畿連合会 会長 木岡 清様 

私が阿波出身の戦国大名三好長慶に関心を持ったきっかけは、司馬遼太郎「街道をゆく32阿波紀行」の中の次の一文である。「ひょっとすると、京都弁の祖は阿波弁ではないか」と、あるとき京都の人にいうと、その人ははなはだ自尊心を傷つけられた様子だったが、同席の阿波の人はよろこんだ。「同席の阿波の人はよろこんだ」というところが、自尊心をくすぐるのである。NHK大河ドラマは今年58作目になります。今年の「いだてん~オリムピック噺」の視聴率はいささか低調で苦しんでいるようですが、半世紀にもわたって放送が続いてきたのには、視聴者からの根強い支持があったからこそでしょう。現在、全国で大河ドラマ誘致レースに名乗りを上げている団体は、30を超えるといわれています。地域が輩出した人物を知ってもらいたい、また歴史上正当に評価してほしいという思いが、多くの人々を駆り立てているからではないかと考えられます。視聴率は黄金期に比べると下がっていますが、地域にとっては、訪れる観光客の増加や知名度の向上、その結果もたらされる様々な方面に及ぶ経済的な恩恵など、大きなインパクトがあります。
皆さんは、6月19日に放映された「NHK歴史秘話ヒストリア」をご覧になりましたか。タイトルとなった“織田信長に先駆けること20年、戦国最初の天下人三好長慶”がどのような人物であったのか、初めて知った方もおられるでしょう。信長が登場する直前の歴史については学校で教えられていませんし、亡んでしまった大名家の悲しさからか、後の世にある事ない事ねつ造されて伝わっています。歴史にifはありませんが、想像を逞しくしてみるのも、歴史を学ぶうえでの楽しみのひとつでもあります。長慶は42歳で、息子の義興は22歳で死んでいますが、もし長慶がもう10年生きていたらどうなっていただろうか。台頭してきた信長と覇権を争って各地で戦闘行為に及んだのか、あるいは外交交渉により平和な世の中をもたらしたのか、後の世は私たちの知る歴史と違ったでしょうか。
私たちは、時代を先取りし、信長や秀吉に大きな影響を与えた三好長慶を正当に評価した大河ドラマの実現を望んでいます。昨年6月には徳島で、今年2月には関西でNHK大河ドラマ誘致推進協議会が発足しました。戦国時代には珍しくお互いに助け合った三好4兄弟に倣い、徳島と関西で協力しながら気運の盛り上げを図っていきたいと考えています。2022年は長慶の生誕500年にあたります。この節目の年の実現を目指しています。皆さんもこの輪に加わって、一緒に活動しませんか。お待ちしています。

by osakajotorc | 2019-08-06 12:39 | 卓話

2019年7月19日  卓話:福山 信也会員

私の坐禅初体験は平成12年4月27日から5月4日の7泊8日、場所は広島の忠海というところにあるお寺です。友人が参禅して、「今までの自分は何をしていたのだろうと思った」という程の心境の変化があったという話を聞き申し込んだところ、最初は最低でも5日間、出来れば1週間は必要です。とのお話を伺って5月の連休を使って上記の日程で申し込みました。老師は、今の自分を離さないことと話されます。過去も未来もない。あるのは今だけ。今を離さないために、一点に集中する。そのために、坐禅中はひと呼吸に集中する。吸って、止めて、吐いて、止め、体をひねって、吸って、止めて、吐いて、止めて。体をひねるときは、体の動きに集中します。皆さんの坐禅体験をお伺いしたところ、色々なスタイルがありました。体が痛かった、瞼がくっついたなど色々な感想がありました。体をひねると、このようなことは起こりません。腰の下には、坐禅用の厚めの座布団を引きますので、半跏坐で座っても、体はとても楽です。目は開けています。目を閉じると、脳が余計なイメージを作り始め雑念が増えるそうです。これも、目をつぶる、半眼で鼻の先を見るなど、色々なスタイルがあります。
一日目は、雑念すら意識できない状態でした。ただひたすら、呼吸をして、体をひねるだけでした。動きに慣れてくると、雑念が渦を巻くように湧いてきて、強く呼吸をして体に力を入れて雑念を懸命に追い払おうとしました。二日目は、少し呼吸に意識が行くようになり、雑念が少し治まり、忘れていた昔のことが思い出されたり、亡くなった父母の声がリアルに聞こえたりということも起こりました。老師に話すと、良い思い出も雑念です。出てきたものを切っていくようにとの指導を受けました。三日目は、切りまくる感覚で坐禅をしました。呼吸に集中して切る。体をひねって切る。の繰り返しで、20分も座っていると頭が芯から疲れ切って、部屋で少し休んでまた座るの繰り返しでした。明日は、雑念が出てくる瞬間を意識するようとの指導を受けました。四日目は、雑念が出てくる瞬間を見極めてみようと取り組みました。この日は、なぜか仕事のアイデアが次々と出て、切るのがもったいないような感覚にとらわれました。老師に質問したところ、良いアイデアも雑念です。切ってくださいと指導されました。五日目は、雑念が泡のように湧いてきて、出てくる瞬間が良く分かり、それをパチンと潰すようなイメージで雑念が切れるようになり、時間を忘れて座れるようになりました。老師に報告すると、その調子で座ってくださいとお言葉をいただき、三時頃老師に呼ばれて、「福山さん、おめでとう」といわれ、山場を越えたことを告げられました。坐禅を終えて、部屋に戻り海を見ていると、景色がキラキラと輝いて見えていることに気付き、目の前のフィルターが外れたような感覚を得ました。現在は、不安や怒りなどの感情にとらわれることも少なくなってきました。とらわれたときも、坐禅をすると、気持ちが楽になっていきます。私にとっては、無くてはならないものになっています。ご清聴をいただき、ありがとうございました。

by osakajotorc | 2019-07-26 14:47 | 卓話

2019年6月14日 卓話担当:細井 敦子会員

「コスモスプロジェクト胸花作りを通してふるさと愛を育む」
足立 浅美様
永井 敬子様

平成25年度、城東区制70周年を記念して、区役所・コミュニティ協会・生涯学習推進員城東区連絡会の協力の元、区民の皆さんに広く区の花コスモスを知って頂き、区の花を通して城東区に対し親しみを深め、ふる里愛を育んで頂く事を目的に「コスモスプロジェクト実行委員会」を始動しました。この年は区民相互の絆を大切にされる細井敦子区長でしたので、ご理解ご協力を頂きスムーズに進める事ができました。取り組みの一つに胸花作りが有ります。コスモスの花をモチーフに小・中学生の卒業式に卒業生の胸を飾る花です。完成までにはいくつかの工程が有ります。白布の花びらを染め、花びら2枚を1枚に貼り合わせる。花びらを専用のアイロンで丸みをつけ形を整え、赤・ゴールドのリボンの準備。ここまでの工程は毎月区役所で推進員、会に賛同してくださる区民ボランティアで行います。次に、花びらに花芯を付け、学校給食の牛乳瓶のフタを白布で包み台紙として使用。台紙にリボン二種類を貼り、リボンの上にコスモス3個をボンドで付ける。台紙の裏面にコサージュピンを付けて完成です。完成の工程は学校によって作り手が違います。先生・保護者・後輩が先輩卒業生の為におめでとうの気持ちを込めて作ります。どの工程も欠かす事ができませんが、台紙として使用していました牛乳瓶のフタが平成30年度よりパックに変更になり、コサージュ台を使用すれば経費がかさみ、胸花作りが難しくなります。台紙をどうするか頭を痛めておりました折に、大阪城東ロータリークラブ様よりご寄付のお話を頂き多分な善意により、胸花作りを継続できます事、地域・学校・保護者・推進員一同心より感謝申し上げます。完成するまでの工程を人と人が繋ぎ、手から手へバトンタッチしながら卒業生の胸へ届けます。今回バトンが切れそうになりましたが、大阪城東ロータリークラブ様のお陰で繋ぐ事ができました。胸花だけでなく、思いやりの心、有難うの心も一緒に卒業生の胸へ届いたと考えます。『成長する過程で孤独を感じた時、応援している城東のおばちゃん、仲間がいる事思い出してね』社会人になってコスモスの花を見た時、子どもの頃先生と仲間とコスモスの花作ったよなぁと思い出の一つになる様、継続したいと思います。そして、継続できますのも一重に大阪城東ロータリークラブの皆様の心温まる活動の賜物と深くお礼申し上げます。今後共ご支援の程よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

by osakajotorc | 2019-06-24 11:29 | 卓話

2019年6月7日 ロータリー親睦活動月間卓話 出席・親睦活動委員会 西垣 保宏委員長

今年度の年間予算は1,500千円で活動を行っております。今年度は、会員誕生日プレゼントを廃止させて頂きました。申し訳ございません。今年度の出席・親睦活動委員会を振り返ってみると 
・7月13日 第1回情報集会(夜間例会)
プールサイドパーティー ホテルニューオータニ大阪のプールサイドで美味しい料理とカクテル・ワインで会員、家族、友人、米山奨学生の皆さまとベリーダンスや男性の民族色あふれる踊り、そしてすばらしい音楽を楽しみ、夕暮れから夜まで大阪城をみながら親睦を深めました。
・11月16日第2回情報集会(夜間例会)
炉辺会合 紅葉の夕べ 大阪城西の丸庭園 大阪迎賓館 普段は、めったに入場しない、迎賓館での食事と琴の音色を聴きながら、美酒と紅葉の景観(あまり紅葉していませんでしたけれども)を味わい、更なる親睦が深まり、情緒あふれる炉辺会合でした。
・12月14日第3回情報集会(夜間例会)
クリスマス家族会 御家族の参加、米山奨学生の参加、小さいお子さんまでもが参加してくださり、サンタからのプレゼントを笑顔で受取る姿は微笑ましい姿でした。クリスマスプレゼント抽選会、ジャズ・ピアノ演奏と大変盛り上がり、楽しいひとときを過ごすことが出来ました。しかしながら、炉辺会合のすぐ後のイベントなので準備が大変でした。・席順 ・司会者 ・演目の選定 ・プレゼントの購入、タグ付け等、親睦活動委員の皆様のご協力がなければ…大変だったと思います。
・1月18日第4回情報集会 
アサヒビール職場見学会 ホテルニューオータニ大阪 職業奉仕委員会のアサヒビール工場見学のあと、808での親睦会。
・4月5日第5回情報集会(夜間例会)
お花見会 屋形船 春の恒例行事であります、お花見会を開催致しました。屋形船からみる桜の景色は特別で、大阪随一の桜の名所を陸の上の喧騒を離れて屋形船でゆっくりとご満喫頂けたかと実感しております。・船の振動が凄すぎて鍋料理が出来なかったこと。・料理の発注ミスが有ったことが、悔やまれます。
今年度、計5回の情報集会を行いました。活気溢れる活動ができましたのも会員、ご家族、友人、知人の皆様方のご協力に感謝し卓話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

by osakajotorc | 2019-06-17 12:35 | 卓話

2019年5月24日 卓話担当:富士谷 清会員

「造幣局 始まりの物語 -なぜ大坂で造幣局は創設されたのかー」
歴史作家 奥野 聡子様

1.【成立まで】
・幕末経済の大混乱
  欧米列強と貿易を行ったことから、国内経済のバランスが崩れた。
  諸外国との金銀交換率の違い、4進法による貨幣換算、粗悪な貨幣の流通
◎近代的な貨幣制度への改革が急務

2.【大坂の地に造幣局建設】
慶応3年        12月 新政府樹立(王政復古の大号令)
慶応4年(1868年)  1月 鳥羽伏見の戦い
             2月 貨幣改鋳司設置
             3月 造幣寮設置計画決定
             8月 旧川崎村に設置場所決定(現大阪市北区)
明治元年(1868年) 11月 建設開始

3.【なぜ、大坂だったのか。】
 ・造幣寮(のち、造幣局)の設置計画決定は慶応4年3月で、まだ、江戸では幕臣の抵抗があり、奥州では戦争の予感。この当時、まだ東国は不穏。
   江戸城無血開城
    慶応4年3月13・14日 勝・西郷会談、開城は4月4日から
    上野戦争 5月15日
    会津戦争 閏4月20日~9月22日 
 ・貨幣改革は急務、そのために新たな造幣寮設立が必要。この当時、政府は京都にあり、京都に近く、条件の良い大坂で設立計画。
 ・明治天皇の大坂行幸 慶応4年3月21日~閏4月8日
 ・貨幣鋳造には大量の水が必要、水運の便が良く、淀川ぞいの旧川崎村が選ばれた。
 ・旧幕府御破損奉行所材木置場や川崎御蔵(幕府の米蔵)、町奉行所の同心や・与力たちの屋敷、藤堂藩の蔵屋敷などがあり、明治維新で広い土地が確保できた。
 ・大坂港があり、材料・燃料などの輸送が可能。
 ・多額の御用金を献金した大坂の商人たちへの配慮。
 ・藩体制の崩壊で、大名貸しを行っていた大坂の両替商たちは大打撃を受け、江戸期の豪商たちが次々と没落していった。日本の首都が東京になった後も、工場建設が
  続行されたことには、大阪復興の意味合いも考えられる。

4.【造幣寮設立】
近代工場建設
 造幣寮の設立は、日本の近代重工業の先駆
 明治新政府の1年間の税収の30パーセントを使用
 国の威信をかけた大事業
    廃工場となった香港の鋳造機一式を6万両で買い入れ

明治天皇・大久保・木戸・西郷の来訪
五代友厚と造幣寮
 慶応4年には、香港の鋳造機械購入や外国人雇い入れの交渉を行った。明治2年、五代は西成郡今宮村に金銀分析所を開き、ここで造幣寮の貨幣鋳造に役立たせる金銀
 分析を行い、金銀は造幣寮へ、他の金属はリユースし、巨利を得た。

by osakajotorc | 2019-05-31 12:56 | 卓話

2019年5月17日 卓話:川中 義裕会員

「10月予定 改正消費税の話」

本日は今年の10月1日から予定されております、改正消費税についてお話をさせていただきます。最初にお伝えしておきたいことは、すべての事業者に影響があるので、準備をし、対応をしなければならないということです。ただ、ご自身の会社が軽減税率対象品目を販売されていないのであれば、事前準備はそれほど大変ではありません。軽減税率制度の対象品目は①飲食料品、②定期購読契約がされた週2回以上発行される新聞です。現行の消費税率は8%(消費税6.3%、地方消費税1.7%)、10月1日以後は10%(消費税7.8%、地方消費税2.2%)、軽減税率は8%(消費税6.24%、地方消費税1.76%)です。現行の8%と軽減税率の8%は表面的には同一税率ですが、消費税・地方消費税の内訳が異なるので、別管理をする必要があります。
もう一点、今回の改正で重要な事柄は令和5年10月からはインボイス方式を導入し、それまでの間は区分記載請求書等保存方式が適用されるということです。区分記載請求書とは現行の請求書の記載要件に加え(1)軽減税率対象品目である旨、(2)税率区分ごとの合計請求額の記載が義務付けられています。令和5年10月1日以後の適格請求書(日本型インボイス)にはさらに(3)適格請求書発行事業者の登録番号、(4)税率区分ごとの消費税額等を記載する必要があります。一定の経過措置がありますが、令和11年10月1日以後は適格請求書がない場合は仕入税額控除ができないこととなりますので注意が必要です。

by osakajotorc | 2019-05-31 11:38 | 卓話

2019年5月10日 卓話担当:青少年委員会 森 紀公委員長

青少年奉仕月間卓話 「特色ある学校づくりと生徒秋季発表大会について」
大阪府立成城高等学校 准校長 麻野 克己様

大阪城東ロータリークラブの皆さま、いつも成城高等学校 定時制の課程をご支援いただき、ありがとうございます。本日は「特色ある学校づくりと生徒秋季発表大会について」というタイトルでお話をさせていただく機会をいただき感謝しております。高等学校の定時制通信制課程の教育は、昭和23年(1948年)に設けられた学校教育法の制定時から始まっていますので、すでに70年を超えました。本校は昭和38年(1963年)4月に大阪府立成城工業高等学校 定時制の課程として設立され、当初は大阪に9つあった企業内訓練校と連携して、訓練校での技能実習を学校の単位の一部と認めるとういう「技能連携による定時制」として機械工学科2学級編成でスタートしました。第1回の入学試験の合格者は88名だったそうです。その後、昭和40年代になると、企業内訓練校が次第に無くなり、代わりに労働省所管の大阪総合高等職業訓練校との連携が始まり、このシステムは現在も大阪府立東大阪高等職業技術専門校との技能連携として残っています。また、この頃から高校への進学率が上昇し、本校定時制も2学級のうち1学級は連携しない一般クラスとなりました。昭和49年(1974年)9月には、大阪城東ロータリークラブの皆さまによる勤労生徒の第1回表彰が行われたとの記録が残っています。さらに、平成の時代に入ると定時制高校は、これまでの勤労青少年の学習機会の場としてだけでなく、中途退学その他の理由で一度高等学校を離れた者の再挑戦の場として、また生涯学習を担う場として充実させていくこととなりました。近年では少子化の影響等もあり、定時制高校に通う生徒は減少してきています。本校でも4年前の生徒在籍人数は100人でしたが、現在4学年合わせて45名となっています。在籍している生徒の内訳は、従来の勤労青少年の割合は少なくなり、全日制の課程から編・転入学をする生徒、不登校経験者や中途退学者、学習障がいのある生徒、日本語指導を必要とする外国籍の生徒、また15歳から80歳代までの年齢層の生徒など、多様な動機や学習歴をもつ生徒の入学が増加しており、教育のセーフティネットとしての役割が強くなってきています。さてこのような状況の中で、本校を含め定時制通信制高校は、生徒たちが自己理解を深め、将来への目標を持ち、自ら学ぶ姿勢・力を身に付け自立していけるように、各校が様々な取組みを工夫し、特色のある学校づくりをすすめています。本校では昨年、国語・英語・社会の若手教員が連携して「フィールドワーク同好会」を立ち上げました。さまざまな体験を通して生徒の視野を広げることを目的に、第1回目は大阪城公園で、外国からの観光客の方に英語で話しかけ(インタビュー)、聞き取った内容を項目別にタブレット端末で集約してグラフ化し、文化祭などで発表するという活動をしました。さらに、大阪府の定時制通信制高校で組織している「大阪府高等学校定時制通信制教育研究会」では、毎年10月に、生徒たちの「自己表現の場」「学習の成果発表の場」として、そして「他の定時制通信制に学ぶ生徒と協働して一つのものを作り上げる場」として『大阪府高等学校定時制通信制生徒秋季発表大会』を開催しています。大阪府教育センターで開催していますが、今年で67回目を迎える伝統ある大会です。発表内容は、「作品発表」「芸能発表」「放送発表」「生活体験発表」の4つの部門で構成されています。特に「生活体験発表の部」は最も伝統ある部門で、生徒自身が生まれてから今までの学校生活を含む人生を通して、感じ学んだ貴重な体験を発表する場となっています。この部門は11月に東京で開催される『全国生活体験発表大会』の大阪府予選を兼ねており、大阪府代表を2名選出することになっています。今日は昨年度の大阪府代表の一人である大阪府立藤井寺工科高校定時制の桝矢麗さんの発表を見ていただきたいと思います。彼女の発表は、全国大会において最高賞である文部科学大臣賞を受賞しました。大阪城東ロータリークラブの皆さまには、「生徒秋季発表大会」へのご支援もあわせてお願いします。このように、夜間という限られた時間の中で、知識・技能を学ぶだけでなく、人間関係のつながりの大切さを大事にした教育に取り組んでいます。今後は、本校で学んだコミュニケーションをはじめとする様々な学習内容を、実際の社会で発揮することが大事であり、そのためには学校と地域社会が連携しながら子どもたちの資質・能力を育んでいくことが大切だと感じているところです。これからも本校の教育活動にご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

by osakajotorc | 2019-05-21 11:57 | 卓話

2019年4月26日 イニシエーションスピーチ 梁川 厚子会員

令和の時代が来ました。本年1月ロータリーに、次期会長佐々木さんのご紹介にて入会させて頂きました梁川厚子(やながわあつこ)と申します。私についてですが1974年11月14日大阪市で出生し、追手門学院小学校、追手門学院大手前中学校、高等学校を卒業したのち、愛知医科大学医学部医学科に入学、無事6年で卒業し医師国家試験に合格し医師免許を手に致しました。大学在学中は98年度99年度とミス日本関西地区代表に選ばれ、98年度は準ミス日本に選出されました。私の家族は両親、娘、息子になります。父は歯科を開業しております。娘は現在宝塚音楽学校本科生で、来年に宝塚歌劇団に入団し初舞台を踏む予定です。また宝塚歌劇にご興味あります方はぜひ今後宜しくお願い申し上げます。趣味はグルメ、美術鑑賞、旅行です。食べることやお酒を飲むことが好きであれば体形、体重管理が大切になってきますので、週2回~3回の岩盤ヨガ、週1回のパーソナルトレーニングを出勤前に行っております。仕事は研修医を終えた後、大学関連病院に勤務し、色々な美容外科に勤務し、沢山の手術症例を経験したのち、2007年に堺筋本町にて開業致しました。患者数も増え2013年に心斎橋に移転しました。美容皮膚科をメインにしており形成外科、皮膚科の保険診療も行っております。スタッフも最初は私、受付と2人でクリニックを経営しておりましたが、現在は非常勤医師2名、受付2名、エステティシャン2名、看護師5名、非常勤運営部3名で経営をしております。本年9月には医療法人彩叶会を設立認可予定です。クリニックの治療や私自身のプライベートについてはインスタグラムにアップして紹介しております。atsuko_yanagawaにて行っておりますので是非ご覧ください。最後に、私は毎日仕事、経営、子育て、家事をして目まぐるしい1日を過ごしております。週3回の塾弁作り、娘の寮に食事の差し入れなどもしています。プライベートの充実は非常に難しいですが、時間配分を考えながら全て楽しみながら行っています。また医師という仕事上、看護師が行う施術もすべて医師の管理下の元でという法律がありますので、患者様がクリニックにいる限り、ちょっと外に出てくると言う事が出来ません。なんとか予約を制限しながら例会に出席しすぐ戻る、という形になってしまいますが、工夫してなるべく出席して皆さまと親睦を深めたく、今後とも宜しくお願い申し上げます。

by osakajotorc | 2019-05-13 12:45 | 卓話

2019年4月19日 卓話:吉井 朋子会員

「自営業と子育て」

いつもロータリーの皆様にお世話になっているうちの子どもも5歳になりました。子どもが  1才のときに、ロータリーに入会させていただいて、今でロータリー入会歴も3年経過し、4年目に入りました。この間の自営業と子育てとロータリーで、時間と戦ってきた私についてお話したいと思います。
私自身、結婚前から自分の事務所を経営してきたので、子どもを産むという選択は、覚悟のいることでした。10年以上、事務所経営していると、私が仕事を休むことによって、お客様にもご迷惑をおかけすることにもなりますし、妊娠するという事実によって、気を遣わせてしまうことになるかもしれません。気を遣わせることは、絶対に避けなければならないと考えていました。覚悟と決めて妊娠した時も、妊娠した事実を誰にも話さず、仕事を通常どおり続けてきました。ジャケットを着て、ふわっとしたスカーフを首からかけておなかを隠すと、意外と誰にも気づかれずに妊娠7ヶ月まで対応することができました。8か月も近くなると、さすがに隠し続けることも難しくなり、一部、信頼している方にのみお伝えしましたが、公にすることはありませんでした。出産後、だいぶ経ってから、公にしたので、周囲は本当に驚かれたようです。出産は、予定日より3週間も前になってしまい、予定がだいぶ狂い、苦労しましたが、出産日前日まで通常業務をし、退院翌日からお客様との打合せをしていました。子どもが2か月までは外に出せませんので、自営業の主人と協力し、午前の部、午後の部で外に出る仕事を配分しました。3か月目からは、無認可保育園、5か月からは、通常の認可保育園に入園でき、通常どおり仕事ができる環境を整えました。
産まれたときから、母である私との時間は極端に少ない子どもでした。自分でも何を大切にしたらいいのかわからなくなり、大泣きする子どもを保育園に預けたあと、車の中で、泣いてしまうことも多々ありました。2才になっても、保育園の朝は、大泣きしてしまう寂しがりやの子どもでした。時間も心もうまく管理できず、ロータリーの皆様にも遅刻、欠席などでご迷惑もおかけしているので、やめよう!と本気で考えていました。そんな時に、黒松さんから、「子どもも連れてきたらいいよ、」と、仲間うちの旅行に誘われました。家族との時間の少なさに深く悩んでいたので、家族といられる時間が作れるなら、と参加させていただきました。柳瀨さんの伊勢志摩サミットも、「子どもも連れてきたらいいよ」と、わざわざ、子ども用の食事等のことも調べてくれていました。本当に、皆様のお気持ちが、ありがたかったです。そして、なんと、子どもが、それらのイベントの一つひとつを「楽しかった!また行きたい。またおじさん達と遊びたい。」というのです。なんと!!!ロータリー、やめられないではないですか・・・。
今、この3年間を振り返って、時間の工面に苦労したロータリーでしたが、私にとって両立し難いと思っていた自営業と子育てをつないでくれたのが、ロータリーでした。私の社会でのかかわり方を、ロータリーに子どもと一緒に参加することで、子どもにみせることができた。それによって、子どもも、私が自分と一緒にいないときも、頑張っていることを知ったようです。今では、寂しいという言葉を全く使わなくなり、私の生き方を子どもも受け入れてくれているように感じます。ロータリーの皆様には、たくさん迷惑をかけてきましたが、これからもよろしくお願いします。

by osakajotorc | 2019-05-02 12:34 | 卓話

2019年4月12日 会員研修委員会月間卓話 柳瀨 寛之委員

月間卓話「継続奉仕事業について」

冒頭にお詫びがあります。会員研修とは、会員がロータリーを続ける為の研修であり、即ち「退会防止」に関して重要なミッションを担っていると思いますが、このたび退会される会員がおられ、止めることが出来ませんでした。自分の力不足、気付きの遅れを感じます。この場をお借りしてお詫び申し上げます。
さて、当会の活動計画としまして、年初に「例会のありかた」として夜間の会合を開きましたところ、多くの会員の出席を頂きました。色々と例会の進行等において割愛すべき点や改めるべき点をご意見賜り、早速現実の例会に各自が取り入れてくださったこと、ありがたく存じます。
次に当会がずっと継続して奉仕している活動についても皆様と一緒に夜間の会合を…と、思っておりましたが、公私共に急に多忙になりまして、今日の卓話にてお話をさせて頂くことに致します。まずは「ライトハウス・チャリティーコンサート」です。これは私が入会したずっとずっと前から行われており、そのことをベテランの辻谷会員に少しお話いただきます。
辻谷会員…「ライトハウスのコンサートの始まりは趣味の会のような、音楽の好きな人たちの企画からでした。当初はロータリーが興行を打つなどもってのほか…などといわれながらのスタートでした。後に会場をシンフォニー・ホールに移し、また、故・桂会員の提唱された燈友会も発足して、寄付金の額も大きくなり、ライトハウスさんにとっても城東R.Cは重要な団体になったと思います」 
奇しくもこの活動は現在の趣味の会のようなものがはじまりであったと聞き、大変驚きました。そして3年前から始まった城東祭りへの出店参加。もっともこちらも5万円の寄付はずっと前(1996~1997年度)から実施していましたが、当クラブがお店を出店して本格参加したのは地区補助金を申請して適用された2016~2017年度からでした。現在保有の備品類はこのときの補助金で購入したものです。では、この卓話の終わりに、次年度の研修委員長をお願いしている藤田現副委員長に一言いただきます。 
藤田副委員長…「退会会員が出たと聞き、何でその方々と普段からもっと会話したり、先輩会員として声掛け出来なかったかと反省します。最初だけで、あとはコミニュケーションが欠けていたと感じます。次年度にはそのあたりを改善したいです。」
最近、東北の震災で亡くなった市役所の21歳の女性のノートへの書き残しがニュース番組で紹介されておりました。彼女はお年寄りたちを助けようとして命を落としたそうです。ノートにはこんな事が書き残されていました。  「幸せな人生とは、自分の好きなことをして生きていくのではなく、自分のしている事を好きになる~たとえそれがやらされている事であっても」   
私は深い感銘を受けたと同時に、「これってロータリーの奉仕にも言えることかもしれない」と感じました。本日は有難うございました。

by osakajotorc | 2019-04-22 11:46 | 卓話