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2020年2月14日 卓話:中嶋 進治会員

「3回目のイニシエーションスピーチ」

1 生い立ち
1951年(昭和26年)5月28日出生。男3人兄弟の真ん中である。父の先祖は、彦根藩士で、父の時代に兄弟そろって大阪に出てきた。母の先祖をたどると、蜂須賀小六に行きつくという。両親そろって、士族であり、そのことは小さい頃からよく聞かされていて、誇りに思っていた。
2 3丁目の夕日
生まれたところは、大阪市生野区腹見町(現在、小路東)の4軒長屋である。玄関を入ると、土間があった。そこには、かまどもあった。お膳の間は、2畳の間でちゃぶ台があった。書斎というのは、3畳の間で父の机が置かれていた。そして、奥座敷が、6畳の間である。部屋はこれだけ。あと汲み取り式の便所があった。しかし、3坪ほどの庭もあったのである。松の木とジンチョウゲの木が植わっていた。端午の節句には、松にのぼりを立てかけ、こいのぼりを流していた。昭和30年代というのは、みんなが貧しかった。そんな生活にあまり不満はなかった。クラスには、6畳1間で親子が暮らしている友達もいた。給食費が払えず、担任の先生が負担していた。小学校3,4年生頃は、毎日のように、学校から5,6人くらいの友達を家に引き連れて帰っていた。そして、ランドセルを放り投げて、原っぱに行き、野球(ソフトボール)をしていた。また、田んぼでザリガニを取ったり、オタマジャクシ取りで遊んでいた。また、学校の飼育部に入り、ヤギやウサギを飼って、餌をやり、小屋の掃除などをしていた。日曜日は、学校で餌をやる人がいないので、我々が、公設市場に行って、おからをバケツ1杯10円で買って、それを飼育部屋に運んで、動物にやっていた。のどかな楽しい時代であった。
3 別世界へ そして・・
小学校の5年の2学期から、天王寺小学校に越境して転校した。これまでの友達と比べると、住む世界が違うという感じであった。大人びた感じで、家に友達を呼んで、お誕生会を開き、友達がプレゼントを持ってくるということは、これまではなかった。こんな世界もあるのだなあと思った。
4 輝ける中学時代
昭和39年4月天王寺中学に入学した。まだ、生徒が多かった。1学年750名いた。16クラスあった。その7割が越境入学した生徒であった。天中も、自由な校風で、また裕福な生徒も多かった。男子生徒は、長髪OKであった。また三種の神器として、腕時計、万年筆、革靴があった。私も、無理を言って、親に安いものを買ってもらった。革靴は父親譲りであったが、合わなかったので、運動靴に代えた。クラスは、3年間持ち上がりで、クラス替えはなかった。私のクラスはホームルームが活発で、毎週、「今週の歌」を決めて皆で歌っていたし、ガリ版で学級新聞を作っていた。3年生の前期に、生徒会の会長になった。この時に、購買部に牛乳などを納めていた業者が、1本16円から20円にすると言ってきた。生徒会上げての反対運動がおこり、会長だったので、前面に出て、業者と交渉しなければならなかった。交渉の結果、20円が19円に抑えることができた。
また、中3の1年間、毎週、竹村健一が主宰するラジオ大阪の番組に出たこともある。男女2名ずつの中3生が、15分は英語の勉強、15分はホームルームと言って、中学生の抱える問題を話し合う番組であった。これもたのしい思い出である。
5 ○○な高校時代  世の中を変えるつもりが・・
昭和42年〈1967年〉4月に、あこがれて「自由と創造」を校是とする高津高校に入学した。(卓話では、かなり詳細にお話しをさせて頂きましたが、紙幅の都合で、要約のみにします。)当時は、政治的、社会的に大学生など、若者が、声をあげて行動する時代であった。大学の全共闘運動が、高津高校にもおよび、全学闘争委員会が結成され、学校側と大衆団交を行ったり、終業式もヘルメット学生が壇上を占拠して抗議集会に切り替えるなど、非常に荒れていた。私は、先頭に立ってやっていたので、3年生の10月に、無期停学の処分を食らってしまった。この時に、母の長兄にあたるおじさん(松本重一公認会計士)に預けられ「本当に労働運動をしたいのなら、学校をやめて、職工になれ。その覚悟がないなら、高校に戻り、大学に進むしかない。」と諭されて、学校の求める「反省文」を書いて、10日停学で高校に復帰できた。今でも、おじさんの言葉は忘れられない。本当に感謝している。
6 再スタート
クラス44名中43番(但し、43番と44番は同順位)で卒業したので、1年浪人生活を送り、昭和46年4月神戸大学に入学できた。大学でも、少し葛藤があったが、弁護士になろうとして、司法試験を目指し、昭和51年に合格し、54年から弁護士になり、現在に至っている。
7 そして、今
今年、69才になる。あと何年元気でいられるかわかりません。悔いのない人生を送りたいと、心底、思っています。

# by osakajotorc | 2020-02-25 14:05 | 卓話